2026年11月3日

「AIで仕事はどうなるか」を、アンソロピックは目論見書には書かず、研究レポートに書いていた

#104のエピソードでは、アンソロピックの上場目論見書から4つの話をしました。その準備で読んだ資料の中に、放送では外した話があります。AIで人の仕事がどうなるかという話です。

外した理由は、話が込み入るからでした。同じ会社が、文書によってまったく違うトーンで書いているんです。文章なら落ち着いて並べられるので、ここで整理しておきます。

目論見書:雇用の話は「リスク」の欄に

目論見書(S-1)は、投資家に向けた書類です。事業の説明では、アンソロピックは自分たちの仕事を次のように書いています。

  • 世界の約10億人の知識労働者に、AIの「協働者」を届ける
  • 知識労働には、世界で40兆ドルを超える経済価値がある

一方で、AIが人の仕事を奪う、という話はほとんど出てきません。英語の本文で「jobs」という単語を数えてみたところ、3回でした。雇用が失われる話に関わるのは、そのうち1回だけです。それも、報道でそういう話が繰り返されるリスク、という書き方でした。

雇用の話は、主に評判のリスクと規制のリスクとして書かれています。要旨はこうです。

  • 実際に雇用にどう影響するかとは関係なく、「AIが仕事を奪っている」と世間に受け取られれば、強い反発を招くかもしれない
  • 雇用が失われるペースが急に上がれば、政府が普及を遅らせようと介入するかもしれない
  • 雇用について過去にした発言が、訴訟で不利に使われるかもしれない

つまり、目論見書が気にしているのは「雇用がどうなるか」というより、「雇用の話が会社にどう跳ね返ってくるか」です。投資家向けの書類なので、ある意味では当然の書き方だと思います。

研究レポート:自分の会社で起きていることを数字で

目論見書の10日前、2026年10月16日に、アンソロピックの経済学のチームが、自分たちの会社の働き方を調べたレポートを出しています。こちらは雇用の話を正面から扱っていました。

目を引いた数字を挙げます。

  • 2025年の初め以降、技術職の採用に占める**若手の割合は27%から9%**に下がった
  • 技術職の社員に占める若手の割合も、21%から14%に下がった
  • 2026年3月に、AIのエージェントが働いた時間が、人間の働いた時間を初めて上回った
  • 採用の評価で、専門知識への言及が減り、自分で動けるか、判断できるかへの言及が増えた

社員の声も載っています。ある人は「戦略的だった20%が、仕事の90%になる」と言っていました。手を動かす部分はAIに移り、考えて決める部分が残る、ということです。

このレポートが誠実だと思ったのは、限界を自分で書いているところです。

  • 起きたことを記録しただけで、AIが原因だとは示していない
  • AIの道具の導入は、実験のように無作為に割り振ったものではない
  • この会社のやり方は、経済全体には当てはめられない
  • 若手の「割合」は下がったが、若手の採用の人数そのものは増えている

最後の点は大事で、「若手が採用されなくなった」とは言っていません。会社が急に大きくなる中で、経験者の採用がそれ以上に増えた、ということです。

そのうえでレポートは、社会への提言で終わっています。いま働いている社員を守る仕組みでは、そもそも採用されなかった人は救えない。だから、会社の取り組みだけでなく、職業訓練や所得の支えといった政策を組み合わせる必要がある、という内容でした。

CEOは以前、もっとはっきり言っていた

報道によれば、アンソロピックのCEOは2025年5月のインタビューで、AIが1〜5年のうちに若手のホワイトカラーの仕事の半分ほどをなくすかもしれない、と警告しています。そのとき「この技術をつくる者として、何が来るのかについて正直である責務がある」とも話していました。

そう言っていた人の会社の目論見書が、雇用についてはほとんど語っていない。これを「言行不一致だ」と見ることもできます。

どちらが本音か、ではないと思う

ただ、私はどちらかが本音でどちらかが建前だ、とは思いませんでした。

目論見書は、投資家に向けた書類です。何がリスクかを書く場所であって、社会がどうなるかを論じる場所ではありません。研究レポートは、研究者が自分の会社で起きたことを記録して、社会に問いかける文書です。読み手が違うので、書き方も違う、というのが私の受け取り方です。

ただ、だからこそ一方だけを読むと見誤ります。目論見書だけを読めば、雇用の問題は「世間の受け取り方」の問題に見えます。研究レポートだけを読めば、AIの会社が率先して問題に向き合っているように見えます。両方を並べて、ようやく全体像が見えてきました。

マネージャーとして一番考えさせられたのは、採用の評価で「自分で動けるか、判断できるか」の比重が上がっている、という点です。AIに任せられる仕事が増えるほど、人に求められるのは判断のほうになっていく。そうだとすると、若手がその判断の力を、どこで、どうやって身につけるのか。ここはまだ、誰も答えを持っていないと思います。

出典