2026年11月3日

「衛生追求者」という言葉を、部下に貼る前に

ハーズバーグの二要因理論を調べていると、「衛生追求者」という言葉に出会います。ネットでは、たいていこんなふうに紹介されています。

  • 給料や待遇、職場環境の話ばかりする
  • 仕事の中身より、条件に関心がある
  • 不満は多いが、満足することは少ない

読んでいると、つい職場の誰かの顔が浮かびます。ただ、この言葉を部下に当てはめる前に、知っておいたほうがいいことがあります。原典をたどってみると、この言葉はかなり危うい前提の上に立っていました。

言葉の出どころ

「衛生追求者」は、ハーズバーグの有名な1968年の論文には出てきません。たどると、次のような順番で出てきます。

年文献書かれていること
1959『The Motivation to Work』(最初の調査の本)言葉はまだない。仕事のまわりの条件に反応するよう「学習した」人がいるのかもしれない、という仮説の一文だけ
1962産業関係のシンポジウムの記録「動機づけ追求者」と「衛生追求者」に分けた、という形で初めて出てくる
1966『仕事と人間性』言葉を本格的に定義している
1976『The Managerial Choice』どうやって分類するかを書いている

原典は、かなり辛辣だった

1966年の本の定義を、断片をたどった範囲で要約すると、こうなります。

衛生追求者が惹かれるのは、不満を防ぐ役にしか立たず、前向きな気持ちの源にはならないものだ。この人たちは、自己実現の欲求が働く段階まで、人格が発達していない。

さらに同じ本では、この話を心の健康の話と結びつけています。ハーズバーグは、衛生追求者を「人格的に未熟な段階にとどまっている」とまで書いていました。

ネットの紹介にある「給料の話が多い人」という軽い言い方とは、ずいぶん印象が違います。原典に沿って「あの人は衛生追求者だ」と言うのは、「あの人は人として未熟だ」と言うのに近いわけです。部下に向けて使う言葉ではないと思います。

分け方にも弱点がある

1976年の本によると、分類のしかたは次のとおりです。

本人に仕事の思い出を語ってもらう。そのうち、動機づけ要因(達成、承認、仕事の中身など)寄りの話と、衛生要因(給料、人間関係、会社の方針など)寄りの話が、それぞれ何件あるかを数える。

これだと、「衛生要因の話を多くした人」が「衛生追求者」になります。定義と分け方が、ほとんど同じことを言っているんです。さらに、二要因理論そのものに向けられてきた批判も、ここに当てはまります。人は、うまくいったことは自分の手柄として話し、うまくいかなかったことは環境のせいとして話しやすい。聞き方が、答えの偏りをつくってしまうという批判です。

ネットで出回っている「衛生追求者の特徴」のリストも、ハーズバーグ本人の文章ではない可能性があります。教育経営の本などに、動機づけ追求者と衛生追求者を見分ける表が載っていて、そこから広まったのではないか、と私は推測しています。ここは確かめきれていません。

本当に読むべきなのは、上司についての一節

では、この言葉は捨てていいのか。私は、今の職場にもそのまま当てはまる部分が二つあると思いました。

一つは、衛生追求者は「学習される」と書いている点です。生まれつきの性格ではなく、置かれた環境と経験で、そういう向きになっていく。

もう一つが、上司についての一節です。ハーズバーグは、衛生追求者の問題として「より深刻だと私が考える」点を挙げています。要職にいる衛生追求者は、自分の動機づけのしかたを、部下に植えつけるべき型として差し出してしまう。新しく入ってきた人は、その上司をお手本にして、何に動機づけられるかを学んでいく、という内容です。原文では、この「お手本」に template(型)という言葉を使っています。

これを読んで、ドキッとしました。給料や評価の話ばかりする部下がいたとして、それは部下の性格の問題なのか。それとも、上司である自分が、数字と条件の話しかしてこなかった結果なのか。

ハーズバーグの言葉を部下を分類するためではなく、自分を見直すために使うなら、意味のある言葉になると思います。

出典

  • Herzberg, F., Mausner, B., & Snyderman, B. B. (1959). The Motivation to Work.
  • Herzberg, F. (1966). Work and the Nature of Man.(邦訳:ハーズバーグ『仕事と人間性——動機づけ-衛生理論の新展開』北野利信 訳、東洋経済新報社、1968年)
  • Herzberg, F. (1976). The Managerial Choice.

※原書は通読しておらず、本文検索で断片をつないで確かめた範囲で書いています。ページ番号は未確認です。